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勉強とは?
- 2006/06/12(Mon) -
 今日だけというか、ちょっと気が向いたので、教師として今思うことを書こうと思います。個人の考えなので、それが正しいのか間違っているのかなんてまったく考えていません。その辺を考慮して、読みたい人だけ読んでください。


 今回のお題は勉強というものについて。まずね、学校の勉強はしたい人だけすればいい。だから指導上「勉強しろ」と言ったことはないですね。
 
 ただ宿題はやれとは言ってきました。ここまで言ってしまうと、根本から直さなければならないので、無理な部分もあるんですが、学校が週休1日なら宿題なんていらないんですよ。週休2日になって、指導要領はかなりいっぱいいっぱい。年間授業日数の減少で授業時間も減って、でも教えることって減らすことできないんで、じゃあその分を宿題にするしかない。苦渋の決断なんですよ、宿題を出すって。

 俺なんて小学生の宿題は「遊べ」でいいと思うんだけどね。

 でもね、出す以上は見ることがこちらの義務になるし、その責任は今まで放棄したことはないです。だから宿題に関してはうるさかったですね。
 
 これは昨年度まで小学校教員だった体験を書きますが、はっきり言って必死ですよ。朝、提出された宿題38人分を見るんですから。日課的に音読と漢字書き取り、算数ドリル(懐かしい響きでしょ?)を宿題として出してました。これをまず2時間目と3時間目の行間の20分で、できる限りチェック。これでもう残った時間は給食の時間だけです。45分あるですが、そのうちの8割は宿題のチェックで過ぎてましたね。だから5分で昼食の給食を食べることがほぼ毎日。

 まぁ駆け出しでしたから、まだ要領が悪いせいもあるかもしれませんが、やってる教師はこういう午前を過ごします。

 宿題をしなきゃなんなくしたのはお上の人が原因。けどね、漢字書けない大人になりたい?計算できない大人になりたい?小学校の勉強および宿題に関しては、将来役に立つと断言できますね。

 で、ちょっと本題に。

 ただ、はっきり言うけど、今の学校で学ぶことが将来に役に立つかどうかは誰にもわかんないことであって、それをさも幽霊が話すかのように「学校の勉強は将来役に立たない」と言う人いますね?役立つかどうかなんて「死ぬ間際になってから考えろ」と思うんですよ。それをまだ余生を残した人間の言葉ではない。

 だからね、役に立つかもしれないものを、やっておいて損はない。

 けどやるかは自分で決めな。

 これが俺の結論。

 ちなみに、俺はやることやったから、子どもの頃からの夢だった教師の道を歩けてる。

 勉強をやっておいて、できるようになっておくと職業は選びたい放題だよ。

 さぁ、あなたは勉強をしますか?しませんか?


 ってねぇ…何も机に向かって勉強することだけが勉強でもないんだよね。何かを学ぼう、吸収しようという気持ちがあれば、どこで何をしていても学ぶものはある。学校の勉強よりも大事なことを学ぶこともできるでしょうね。

 学校の勉強をする、しないは勝手だけど

 何かを学ぼうとする気持ち、学びたいと思う気持ちだけは忘れることがないように。

 以上。
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